札幌でライター&会社経営し2006年8月からゴルフを始めた日色 無人さんのエッセイですmixiより転載してます 第九話 デビュー前夜 2009年02月23日
コースデビューが迫っていた。 二○○六年九月二八日、サンパーク札幌ゴルフコース。 ゴルフを始めた者にとってコースデビューは一大イベントである。 スナックRのママに誘われて十月三日のコンペに出る約束はしたものの、ゴルフを始めて二ヶ月足らずで、いきなりコースデビューがゴルフコンペというのも無謀だろうということで、その前にM女史達とラウンドすることになったのだ。 人にはいろいろなコースデビューがある。 ぼくが聞いた中で一番の猛者は、打ちっぱなしに一度も行かないでいきなりコースに出たと言う某出版社の女社長だった。話を聞いただけでゾッとしたけど、そういう人はむしろ例外である。 一般的には、半年から一年間しっかりと練習を重ね、マナーやルールの基礎を学んでからコースに臨むのが本来のあり方のようだ。 そういう意味では、クラブに初めて触れてから実質一カ月半のコースデビューは、いくら熱心に練習したとは言え、四十半ばの運動オンチのオヤジにとってはいささか無謀だったかもしれない。 ただ、、 当時は飲み屋仲間にゴルフブームが広がり、ずいぶんと盛り上がっていた。飲み仲間で同じ年にゴルフを始めた人間も何人かいたのだが、みんな数ヶ月後には勢いだけでデビューしていた。周囲がそういうムードだったのだ。 さて、コースデビューが近づくに連れてぼくもあれこれ考えた。 まず、気になるのはスコアである。コースデビューのスコアは、これも人によってピンキリで、二百以上叩く人もいれば、いきなり百を切る人もいる。 が、だいたい目安を言うと、そこそこ練習を積んだ三十前後の若い人たちでスコアは百十台〜百四十台、中高年層や練習不足の人で百五十台〜二百といったところではないだろうか。 当時のぼくの実力はというと、身体がボロボロになるまで練習して、多少はまともに当たるようになってはいた。 しかし一般男性に比べて飛距離はまるで足りないし、アドレスは遅いし、ドライバーがようやく当たるようになってきたというレベルだった。いかにも頼りない感じだったと思う。ただ、飛ばない分さほど曲がらなかった。 その年、ぼくより先にデビューした周囲の飲み仲間は、二十代のお店の女の子二人が百八十〜百九十台、ママが二百超え、三十台の飲み仲間の男性が百四十台とか、そんな感じのスコアだった。 「先生、ぼくはどのくらいのスコアで回れそうですかね?」 最初についたスクールのW先生に聞いてみた。 「うーん、百三十台くらいでいけるんじゃないですかねー。百二十台で回れたら立派なもんですよ」 もう一人の師匠であるK氏は、ぼくのスコアを百四十±五打と予想した。 しかし、である。 実はこれまで誰にも打ち明けたことはなかったのだが、ホンネを言うとぼくには大きな疑問があった。 みんな、どうしてそんなスコアになるんだ?と。 だって、、、 たとえば、四百ヤード(一ヤード=九十センチだから約3.6km)のミドルホール。最初にドライバーが仮に百ヤードしか飛ばなかったとしても、残りを百ヤードずつ打てば、間違いなく4打でグリーンに乗る。それで二パットならダブルボギー。 まぁ、それでもさらに一回くらいミスをしたとして五打でグリーンにオンしたとしよう。そして、そこからさらに三パットしたとしても八打(ダブルパー)である。これはぼくの中で最悪の想定だった。 ダブルボギーで全ホールを回れたとしたらスコアは百八。 それより一打多いトリプルボギーで回ったとして百二六。 さらにそれより一打多い最悪のダブルパーで全ホールを回ったとしても、スコアは百四四なのである。 どうしてコースデビューで皆がそんなに叩くのかが理解できない。。 当時はドライバーが百五十ヤードくらいは飛んだし、上手くいけばもっと飛んだ。クラブ全般あまり曲がらなかったのでOBの心配はそれほどない。 しかも、サンパークはフェアウエイが広くて平坦で初心者にはやさしいコースだと言われていた。 いや、というよりぼくには自負があった。一ヵ月半とはいえ身体がこんなになるまで練習したんだ。みんなが驚くようなスコアで回ってやる、と。 そう考えると、どうひっくり返っても百八十も二百も叩くわけがない。百二十〜百三十台、うまく行けば百十台でも回れるさ。本気でそう考えていた。 いよいよ明日はコースデビューという前夜。 翌日の天気予報はイマイチだったけど、晴れ男のぼくは心配していなかった。 まずはクラブにボール、ティー、マーカーにカウンター、ウエア一式、そして飲み物&食料etcと、明日の準備をしっかり確認。 その後、ぼくはホームページで明日行くサンパークのコースガイドを調べてシミュレーションを繰り返した。 このホールは、ドライバーの後五番アイアンを使って、その後はアプローチウエッジで3オンさせて2パットでボギー。。。。 明日はM女史がコースデビューに付き合ってくれるのだが、同じスクールに通っている二人のゴルフ仲間も一緒だ。三人の女性に囲まれてのラウンドとなる。 ちなみに、現在九十前後のスコアで回る師匠のM女史は、ろくに練習もしないで臨んだコースデビューのスコアが百六十台だった。 よし、まずは師匠のスコアに勝つぞ。 ぼくは、まるで夏休みの家族旅行に行く小学生のように、興奮して眠れぬ夜を過ごしたのである。 第八話 球打ち瞑想道場 2009年02月20日
ゴルフ練習場が好きだ。 できることなら、ここで一日中でもゆっくり過ごしていたい。 これがゴルフを好きになった理由の一つでもある。 ただ、その、「ゴルフ練習場」という言い方には、少し抵抗がある。「ゴルフ練習場」というと、どこかしら無味乾燥で味気ないイメージ───勢ぞろいした一人一台のティーアップマシンの横で、人間が機械的にボールを打ってる感じ? でも、そんなの、全然違う。 練習場で、独り黙々と球を打つという行為は、極めて瞑想的である。 この二秒足らずのスウィングの間に、独りのゴルファーがいかに多くのことを成し遂げるか、おそらくゴルファー以外の人間には想像もつかないだろう。 それは一言でいうと、心と身体のコントロール。二秒足らずの一振りの間に、自分の心と向き合い、内面に深く沈潜し、肉体の動き、筋肉の軋みを一つひとつ確認しながらクラブを振り抜いてゆく。 心と肉体の繊細な迷い、その一つひとつと丁寧に対話しながら、心身を制御するのである。 それはまた、ボールの行方に一喜一憂する、自分の中の欲や恐怖と闘うことをも意味する。 よい球を打とうとして背負う気負いや力み、失敗してはいけないという恐怖、雑念に囚われて集中できない気の乱れ───結果は、すべて打感となって、あるいは球の行方となって表れる。 力を抜き、自然体で、集中して、自らを信じて、無心に振り抜く。心身がよく統御された状態の時にこそ、本当によい球が打てる。これはゴルフだけにあらず、すべてに通じる「道」だ。 そういう意味で、ぼくにとってゴルフ練習場とは、我が心と身体を見つめる「球打ち瞑想道場」なのである。 そして、球を打つのに疲れたらひと休み。椅子に座って、ぼおっと煙草を吸う。本を読む。ケータイで文章を書く。時おりロビーに戻り、顔見知りと楽しい会話を交わす。しばらくして疲れが癒えたら、再びおもむろに球を打ち始める。 本当は、こんなことを繰り返しながら、日がな一日のんびりと過ごしたいのだ。 しかし残念ながら、練習場で長時間過ごすと、どうしても球を打ち過ぎてしまう。自宅近くの練習場は、1時間半の打ちっぱなしで曜日によって千円〜千五百円。カード打ちもできるけど、球を打ち過ぎるぼくは、カードを使うと同じ時間で二千円〜三千円は取られる。 スウィングフォームがほぼ固まり、それをチェックするだけの上級者であれば、一回の練習で百球も打てば事足りるのだろう。 しかしぼくのようなヘボダッファーは、試行錯誤を重ねながら、生硬なスウィングフォームでの乱れ打ち。一時間半、ゆっくり打っても二百五十球、多いときは五百球近く無駄打ちしてしまう。時間をかけるほど、お金もかかるわけで、ゴルフの練習に毎回四千円も五千円も遣うわけにはいかないのである。 その結果、練習場の打席にいられる幸福な時間は、大抵あっという間の一時間半。一度でいいから時間を気にせず、のんびりと過ごしてみたいものだ。 ────── と、今回、前フリが異様に長くなってしまった。設定として、今は小生がコースデビュー前の話をしていることになっているので、そういう話に戻ろう。 当時、ぼくは色々な練習場に行った。 独りで行くときは大谷地駅近くの新札幌ゴルフセンター(現在は休業中)か、自宅近くのセブンゴルフ。その頃盛り上がっていたスナックRの飲み仲間兼ゴルフ仲間たちとは、北広島にある274やノースジャンボといった一球三円レベルの格安練習場によく通ったし、冬は白石の室内練習場にも行った。 他にもたくさん顔を出したが、中でももっとも印象に残っているのが、K氏の連れて行ってくれた名門コース輪厚やニドムの練習場、ドライビングレンジだ。 特に輪厚の印象は強烈に目に焼きついている。忘れもしない八月末のよく晴れた土曜日の午後だった。ぼくはここで、ゴルフ場の、つまりコースの雰囲気を初めて味わうことになる。 名門コースと同じ敷地内に設置された輪厚のドライビングレンジ。そこに初めて足を踏み入れたとき、あまりに美しくてしばらくは見とれてしまったのを覚えている。 といっても、別に何があるわけでもない。あるのは、ただ広々としたフェアウエイと練習グリーンだけ。打席には自動ティーアップ機もなかった(逆に、それがいいんだけど)。 そこは、今まで見てきた一般の練習場とは時間の流れがまったく違っていた。どこかしら厳かで、気品のある、やさしい時間がゆったりと流れている。 きれいに刈り込まれた輪厚の練習グリーンは、午後の日差しを受けて美しく輝いていたし、初秋の日差しの下で、手入れの行き届いた青々としたフェアウエイも気持ちが良かった。 ゴルフというのは不思議なもので、‘場’によってスウィングの感覚が変わる。たとえば、スクールのように室内でクラブを振るのと、屋外のゴルフ練習場で振るのでは、同じ感覚で同じスウィングをしたいと思ってもなかなか難しい(もちろん、コースではもっとできない)。 同様に、輪厚のドライビングレンジで初めてクラブを振った時、その両方ともまた違う感覚を味わった。一般の練習場よりも、ずいぶんと気持ちよくクラブが振れたのである。 と言っても、当時はまだゴルフを始めて一ヶ月足らず。その頃のぼくの飛距離は七番アイアンで約百ヤード。ピッチングも五番アイアンも同じ百ヤード前後と、どのクラブを振っても変わらない。飛距離もなければ、まともに当たりさえしないひどいスウィングだったと思う。 それでも気持ちよくショットの練習を終えて、ぼくは初めて本物のグリーンを間近に見た。いつの間にか夕暮れが迫り、赤く染まったグリーンは、本当に美しく、優雅に、厳かに輝いていた。 芝の上で、初めてパターを打つ。 ストレート、スライス、フックライン。ぼくは芝目を読みながら、夢中になって練習を繰り返した。周囲がすっかり暗くなり、ボールが見えなくなってしまうまで。 第七話 道具 2009年02月18日
ゴルフを始める時に一番最初に必要なもの、それは左手のグローヴである(右利きの場合)。 クラブは借りればよいし、靴もスニーカーで間に合う。しかしグローヴだけは汗をかくから他人様のものを使うのは申し訳ない。というわけで一番最初にぼくが購入したゴルフ道具は左手のグローヴだった。少々高めの羊皮。だけど、これは失敗。サイズも大き過ぎたし、本皮は水気に弱くすぐに汗や雨で硬くなり使えない。もっと安い人工皮でよかったのだ。 次にぼくの元へやってきたゴルフ道具は、K氏からいただいた中古のTitleistのキャディバッグ。新品で買うととても高価なものなので、カネのないぼくにはたいへん助かった。今でも大切に使わせていただいている。 そして、三番目に手に入れたもの、それは中古ショップで買った一本の四番アイアンだった。周囲からは「なぜまた四番アイアンを?」と聞かれたけど、とりあえず何でもいいから練習用にマイクラブが欲しかったし、その中古アイアンは、 百円だった。 ぼくはちゃんとしたクラブを手に入れるまで、このPingの古い四番アイアンを一本もって練習場に通い詰めた。 ゴルフは金がかかるというけれど、本気で安く上げようと思えば必要なゴルフセットを全部そろえても一万円でお釣りが来ると思う。 ぼくの場合は新品のクラブを購入したが、周囲を真剣に探せば、もう使わずに倉庫で眠っているン年前のゴルフセットをタダ同然でくれるという人が必ず一人や二人はいるものだ。まったくの初心者なら二十年前の古いクラブだって全然かまわない。コースも経験して、ゴルフのことも多少理解して、ある程度の腕になってから新品のクラブを買えばいい。 だって、しばらくは、どうせ何を使ったってちゃんと当たらないんだもん ぼくがクラブ一式を購入したのは、スクールに入った時だ。ドライバーはK氏のお古を格安で分けてもらい、アイアンも安く上げるためにK氏推薦の一年落ちテーラーメイドr5、パターもK氏推薦のオデッセイツーボールを新品で購入。M女史は、足のないぼくのためにハーフバッグや付属品をたくさんくれたし、その他にもウエア、マーカー、ティーetcと、周囲の方たちから温かい愛の手をいっぱい差し伸べていただき、結局十万円かからなかったと思う。 これからゴルフを始めようとしている方には、ぜひとも言いたい。見栄なんて張らなくていい。クラブなんて安物でいい。まずは腕とマナーを磨きましょう、と。 まぁ、道具代の話はさておき。 ゴルフがなぜこれほどたくさんの道具を使うのか、今でも不思議だ。 どんなスポーツでも、使う道具はせいぜい一つか二つである。ゴルフほど多様な道具を駆使するスポーツをぼくは知らない。 キャディバッグには、最大十四本のクラブを入れることが許されているが、ゴルファーたちは、なぜこんなにたくさんのクラブを使おうと考えたのだろうか? クラブの本数がたくさんあるのは、番手によって十ヤードずつ飛距離が変わるからだ。しかし、なぜ一本のクラブの「打ち方」を変えることで、飛距離のコントロールをしようと考えなかったのか。 別に一本に限定しなくてもいい。パターとドライバーはわかる。バンカーに入ったらやっぱりサンドウエッジのほうが打ちやすいだろう。しかし、せいぜい遠くに飛ばすためのドライバー、グリーン上のパター、アプローチとバンカー用のサンドウエッジ、これだけあれば、後は七番アイアンとロングアイアン、もしくはウッドを一本ずつもって、打ち方を変えて飛距離の調整をすればいいじゃないか? それなら五、六本あればこと足りる。 どうしてわざわざ十四本も使わなきゃいけないのか?実際アプローチショットでは、振り方を変えて飛距離の調節してるじゃない? と、ぼくがムキになるのには、それなりの理由がある。 だって、重いんだもん ハーフバッグなら担いでもさほど苦にならない。しかしクルマを持たないぼくにとって、クラブが十数本入った本皮のキャディバッグを肩に担いで公共交通機関に乗って移動するのは重労働であり、プレイする前に移動だけで疲れ切ってしまう。 実際は、いつもクルマでピックアップしていただいているのでこんなことにはならない。でも、クルマに乗らない人間にとって動きたい時に動けるよう少しでも条件を整えておくことは大切なことなのだ。 (読者の声) 「だったら、君だけハーフバッグ担いでプレイすればいいじゃん?」 と、そんなことを言ってはいけない。 みんなが十数本入った立派なキャディバッグを持って回っているのに、独りだけ貧相なハーフバッグをもって打ち方を変えてプレイするなんて、そんなの、、、寂しいじゃん(-_-;)。 本当は、こんな話をするつもりではなかった。もう少しクラブについてウンチクのある話を披露したかった。。。 そのうち、男の道具としてのギアについて「造詣の深い」マニアックな話を、、、まぁ、三年くらい勉強してから書かせていただくことにします。 第六話 レッスン風景 2009年02月17日
ぼくの通ったスクールでは、週一回レッスンがあり、年に何度かラウンドレッスンやスクールコンペも開催されていた。 また、週に三日ほどフリーの練習日があり、その日はスクールでショットからアプローチ、パターまで、何千球打ってもお金は取られないし、バンカー練習までできた。クラブも靴も無料で貸してくれるから、ぼくのようにクルマでキャディバッグを運べない人間でも、手ぶらで気軽に通えたのが有り難かった。 ただし練習場は室内なので、三メートルほど先に的があり、そこに球を打つことになる。屋外の練習場のように飛距離やボールの曲がり具合いはわからない。だけど、球の行方を気にしなくなる分、フォーム作りに専念できるというメリットがあった。 週一回のレッスンは、通常アプローチ練習から始まり、ショットの練習に移って最後は皆でパター(もしくはアプローチ)ゲームで終わる。一時間二十分のレッスン時間内で二百〜三百球は打つだろうか。 一回のレッスンでは、少ないときで二〜三人、多いときで七〜八人の生徒をインストラクターが一人ひとり見て回る。 先生が近づいてくると緊張するし、何を言われるのかと不安になるが、H先生の場合、第一声でだいたい褒めてくれる。 「ヒイロさん、最近アプローチの時に右肩が下がらなくなったねぇ。すごくいいよ」 「あ、そうですか?」と嬉しそうなぼく。 「ただ、もう少し左足に体重をかけたほうがいい。こんな感じで」 H先生がぼくの腰をもって左に少し移動させる。 「あ、こんなに、ですか? はい、わかりました」 H先生が室内を回りながら生徒を指導している間、他の生徒たちは先生から与えられた課題に集中して取り組み、フォームづくり、スウィングづくりに励む。 ところが、スクールの在籍期間が長くなるに連れて、ここに人間関係と人間ドラマが加わり、より文学的な状況が生み出されるのである。 たとえば、、、 (ここからは、あくまでフィクションとしてお読みください) 生徒のA子さんとB子さんは普段から仲が良く、レッスンの後一緒にランチに行ったり、夜飲みに行ったりもする間柄だ。ところが、最近B子さんがO先生に恋をしてしまい、被害妄想癖の強いB子さんが美人のA子さんに嫉妬するようになってしまった。 レッスン中、B子さんは課題に集中するフリをしながらチラリチラリとA子さんを盗み見る。O先生がA子さんの元に立ち寄り、楽しそうに会話したり指導する姿を見てもう気が気ではない。O先生が指導のためにA子さんの身体に触れようものなら。。。。そんなB子さんが、最近休憩時間になるとここぞとばかりA子さんの前でわざとO先生にいちゃついたり触ったりと見せつけるような態度を取り始めて─── 、、、、、とか、あるいは、 自分よりゴルフがヘタな会社の上司と一緒にスクールに通っているCさん。いつも昼間は会社で偉そうにガミガミ怒られ、自分よりも下手な上司から、しょっちゅうゴルフ自慢を聞かされていた。そのセンスのない上司が、すぐ後ろの打席で先生に何度も注意を受けている。後ろから聞こえてくる小さくなった上司の声に「ザマァミロ」とほくそえむCさん─── もしくは、 Nさんとよく一緒にラウンドするスクール仲間の一人に、ラウンド中のマナーや態度が悪くて仲間内で嫌われているU子さんという女性がいる。彼女は始終スコアをごまかしたり、同伴者にOBや池ポチャがあると大声で嘲ったり、飛距離の出ているボールのほうを必ず自分のボールだと言い張ったり、、、とにかくラウンドの度に、何かしらあり得ない言動で伝説を作る人物である。休憩時間にはそんなU子さんの話題でいつももちきりの喫煙ルーム─── 等々、レッスン中は、様々な人間模様が繰り広げられたりもしているのである。 そして最後のパターゲーム。これは対戦相手とペアを組んで、室内六ヶ所に配した、様々な距離に設定した練習用カップに、どちらが少ない打数でパットを決めるかを競うゲームなのだが、ここではこんな光景が見られるかも知れない、、、、 Cさんと上司がペアを組み、パターゲームで次々とバーディーを決め、上司をコテンパンにやっつけながら涼しい顔をしているCさんの表情。とか。美人のA子さんとO先生がペアを組んで楽しそうにパターゲームに興じる隣りで、パターに集中できないB子さんがイライラしてカップを外しまくる。その対戦相手のU子さんはB子さんを大声で嘲笑い、それを見たNさんたち他の生徒が目を見交わして苦笑している、、、、みたいな? ただ、これはあくまで大げさに表現したフィクションですから、皆さん信じないでくださいね。(※実際はかなりドライな関係です) でも、これに近い光景を、あなたはひょっとしたらスクールで実際に目撃することになるかもしれない。 (読者の声) って、それがゴルフのレッスンと何の関係があるんじゃい!? あ、 そうでした、すみません。。。 第五話 スクール 2009年02月16日
ぼくは、基本的に独学タイプの人間だ。 何でも独りでコツコツ学ぶほうが好きなのだが、さすがにゴルフだけは皆さんからの助言もあり、練習開始後まもなくしてスクールに通い始めた。 結論から言うと、スクール入会は正解だったと思う。 当然のことながら、プロのインストラクターは教え方が全然違うし、スウィングフォームも格好よくしてくれる。 中でも一番よかったのは、ぼくの欠陥だらけの生のスウィングフォームを直接プロに見てもらって直してもらえる点だ。 雑誌や本で学ぶだけではこれは無理だし、動画を撮って自分のスウィングを客観的にチェックすることはできても、結局見るのはプロではなくて自分なので限界がある。 実際、雑誌で読んでも、ビデオで自分のスウィングを見ても、本人ではわからないことをインストラクターたちはたくさん教えてくれた。 元来、ゴルフのスウィング自体が、どの理屈を信じてよいのかわからないくらい理屈が多く、複雑な身体の動作を要求される。真面目に追求する人間ほど、何か確固たる指針を誰かに与えてもらわなければ自分が正しいのかどうかもわからなくなり不安になると思う。 ただ、先生とは相性の問題もあるので、先生の言葉が理解できなかったり、自分とは合わないと感じたら、なるべく早く先生を変えたほうがよいかもしれない。 ある女性は、最初についたインストラクターの言葉がほとんど理解できずに、一年間はつまらない思いを我慢していた。しかし一年経って先生が変わったとたんにゴルフが俄然面白くなり、以来十年以上スクールに通い続けているという。先生との相性はとても大切なのである。 ぼく自身は最初、スクールに一年間だけ通って基本をマスターしたらすぐに辞めるつもりでいた。しかし、なかなか上達はしないし、思ったよりゴルフは奥が深いし、スクール自体が楽しいしで、結局2年半近く在籍することになった。つい最近一旦退会したのだが、それでもおそらくそう遠くない将来また復会することになるだろう。 ぼくが通ったスクールはとてもよい雰囲気で、先生とも仲がよく本当に楽しかった。ひと月の月謝一万七千円以上の価値は充分にあったと思う。 それにしても、である。基本をマスターしたら辞めるつもりだったぼくが、なぜこれほど長引いたのか。 ここにもゴルフの秘密が隠されているような気がする。まず基本をマスターしたら、というこの発想自体がゴルフには馴染まないのだ。 というのも、ゴルフには基本が存在しない、、というか、基本が多すぎてマスターできない、というか、基本をすべてマスターしたらおそらくその時はもうプロになっている、というか、、、。 つまり、基本はこれとこれとこれで、それができたら今度は中級編で応用を学び、それをマスターしたら上級編へ、というスポーツとはちょっと違うのだ。 二秒足らずのスウィングの中に膨大な理屈がある上に、以前にも言ったように、コースでは同じ条件でボールを打つということがまずない。常に無数の組み合わせが生み出す状況の中でボールを打つわけだから、これとこれが基本です、とはなかなかいかないのである。だからゴルフは難しいし、だからゴルフは面白い。 ぼくが通ったスクールは、道内に八カ所あり、ゴルフとテニスをメインに教える道内最大手のスポーツクラブだった。ぼくは自宅近くの新さっぽろ校に通い、ここで三人の先生に教わった。 最初の先生はとても真面目でよい先生だった。ただ、ぼくには少し真面目過ぎて面白みに欠けたので、適当な理由をつけて曜日(先生)を変えてもらった。 二番目の先生は、たいへん面白いキャラクターで、教え方も、理屈っぽい自分にはすごく合っていたのだが、残念ながらスクールの都合で系列の別の学校に移ることになった。 最後のH先生、これはぼくにとってトータルな意味ですばらしい先生だった。彼とは、ゴルフだけでなくプライベートな事柄についても楽しく語り合うことができた。H先生は、ぼくと正反対の体育会系で、いつも楽しく明るい元気なタイプの先生だ。レッスン場には喫煙ルームがあり、レッスン前後かレッスン中の休憩時間には、ここで世間話に花が咲く。 「ヒイロさん、まったー、酒臭いよぉ。昨日も遅くまで飲んだんでしょう?」 「ハハ、朝の四時くらいかな。昨日はちょっと飲み過ぎましたね」 「M女史の店?」 「いや、昨日は違う店です。そう言えば、Y子ママ、先週店の二階から階段転げ落ちて骨折ったって聞いたけど、大丈夫なんですか?」 新さっぽろ校には、Y子さんというぼくもよく行く飲み屋のママが通っている。 「そう、しかも酔っ払ってじゃなくて落ちたときはシラフだったって聞いたよ。三ヶ月くらいはゴルフできないって」 「ええー!?、あんなに燃えてたのに、かわいそうに。去年なんて七十回以上ラウンドしたんでしょう?これからシーズンが始まるって時に、三ヶ月もゴルフできないなんて、、、うわぁ」 下らない井戸端会議なのだが、こうしたこともスクールに通う大きな愉しみの一つなのである。 第四話 熱き教え魔たち 2009年02月12日
ゴルファーは潜在的に皆「教え魔」である。 新しくゴルフを始めようとする人間をどこかで見つけると、飢えた狼がまるまる太った仔羊に出くわしたように顔が輝く。 「へぇぇ、そう? ゴルフ始めたんだ、いいねぇ」 ある店で呑んでいると、Y氏がニコニコしながら近づいて来た。彼はこの呑み屋で時々会う、人のよさそうなアベレージゴルファーだ。 「ゴルフを始めたなら、最初は絶対プロに習ったほうがいいよ。ぼくは習わないで我流でやってきたからフォームも変だし、いつまで経ってうまくならない」 「ヒイロさんのスウイングを見ていろんな人がいろんなこと言うだろうけど、一々聞いちゃダメだ。この人と思った人──できればプロがいいな──その人の言うことだけを聞かなくちゃ。みんな言うことが違うから、イチイチ聞いてたらめちゃくちゃにされるよ。特に教え魔には気をつけたほうがいい。いるんだよ、教えたがるのが。」 これと同じことを異口同音に、もう何人もの人から聞かされていた。 Y氏は、最初に買うクラブは何がいいとかコースを回ることがどれほどすばらしいかをひと頻り語ったあと、 「そっか、打ちっぱなしに何回か行ったんだ。ところでグリップってどんな風に握ってるの?」 そう言いながら、わざわざ傘を持って来てぼくに手渡してくれた。ぼくが教わった通りに傘の柄を握って見せると、 「ああ、それはちょっとウイーク過ぎるかな。もっとこうしたほうがいい、そう、もっとフック気味に。それと両手の一体感が大切だから、もっと右手をこうやって。。。」 彼はご親切にも、グリップの握り方に始まり、しまいにはその場でスウィング指導までしてくれた。 最後に「今度一緒に打ちっぱなしに行きましょう」と誘ってくれたのだが、ぼくにはその頃すでにK氏とM女史という二人の厳しくも優しいゴルフの師匠がいたし、近々スクールにも通うつもりでいたので、正直もう充分間に合っていた。 M女史は、彼女自身が十年通っているスクールを紹介してくれて、コースデビューにも連れて行ってくれた女性だ。彼女は当時、ぼくがよく通っていたスナック「R」で週二〜三回働いていて、呑みに行く度にゴルフの話題で盛り上がっていた。 ぼくがM女史の紹介でスクールに通い始めた頃、彼女が一度、ぼくの練習を覗きに来たことがある。スクールでは週一回のレッスン以外に、土・日・月の三日間、施設を使って自由に練習できる日が設けられている。土曜の午後にぼくが一人で練習していると、彼女がやって来た。 最初にM女史の名誉のために言っておくと、普段彼女はとても笑顔の素敵な、思いやりの深い、優しい女性なのである。しかし、そんな彼女もことゴルフのことになるとちょっと事情が変わってくる。 最初彼女は、ぼくがクラブを振っているのを、後ろから黙ってじぃぃぃっと見つめていた。すでにこの時から微かな恐怖を感じていたのだが、場の雰囲気を和ませようと、「せっかく来てくれたんだから、パターゲームでもしない?」と誘ってみた。 パターで五回ずつ打ってどちらが多くカップに入れるかというゲームだ。彼女は、先ほど観察していたぼくのアプローチのフォームについて多少辛口のアドバイスをくれてからゲームに参加した。ぼくがパターを構えてカップを狙おうとすると、真剣な表情でこちらをじっと見ていた彼女が一言。 「アドレス、右向いてるよ」 そっかと思い確認したところ、内心「そうかな?」と思った。それでも、「そう?」と一応敬意を表して少し左に向いて打つことに。結果はボールがそのままカップの左へ。 「だよな? ちゃんとまっすぐ向いてたよな?」とブツブツつぶやくぼく。そして彼女が打ち、またぼくの番に。M女史は再びぼくのアドレスを恐いほど真剣に見つめていたが、自分でも確信したようにきっぱりと言い切った。 「ほらぁ、やっぱり右向いてるよ!!」 「そうかなー」と訝りながらも、少し左に向きを直し、納得の行かない表情のまま「こう?」と聞くと、 「違う!! もっと左!」と、なぜか切れ気味の彼女。 ぼくはやれやれと思いつつも、「もっと」左に向いてボールを打った。ボールはやはりカップよりずいぶん左へと外れた。おそらく彼女の位置から見ると、ぼくが右に向いているように見えたのだろう。絶対右に向いて構えてる、と言って譲らない。 この後彼女には、コースデヴューでも再び厳しい指導を受けることになる。 また、ゴルフ練習場では、K氏が熱くなり過ぎてぼくに名言を吐いたことがある。 K氏はぼくをゴルフの世界に引きずり込んでくれた張本人であり、それだけに人一倍熱心に練習するぼくに対して思い入れも大きかったのだと思う。 あれこれとアドバイスをしてくれるうちに、本人がヒートアップしてしまい、知らない間に声も大きくなっていた。次第にK氏の表情にも切実さが増していき、しまいには必死の形相でぼくに熱く語りかけていたのである。 そして最後に、 「ヒイロさん、ぼくのことなんて嫌いになってもいいから! 嫌いになっていいから、お願いだからぼくの言うことをちゃんと聞いて!!」と、満員のゴルフ練習場で思い余ってK氏が叫んだ時、隣りで静かに練習を続けていた紳士がそっとやってきて、彼に囁いた。 「すみませんが、もう少し静かにしていただけませんか」と。 ぼくは、そこまでぼくのためを想って言ってくれたK氏からのアドバイスを真剣に受け止めようと、吹き出すのを必死で堪えながら、黙々と練習に励んだのである。 ことほど左様に、ゴルフとなると人間どうしても熱くなってしまう。かく言うぼくだって、今では、聞かれれば誰よりも熱心にゴルフを語る「教え魔」の一人である。ゴルフってヤツはそれくらい人を虜にして止まないスポーツなのだ。
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