ホテルマンの裏話 伊豆 下田編

私は昭和37年よりホテルの宿泊部門一筋に従事して参りました。
そこでホテルマンならではの裏話を勤務した2つのホテルを中心に思い出すままにお話して行きます。



新婚旅行の初体験は他にも有った(S40年頃/下田のリゾートホテル)99'8,17.

当時の新婚旅行は日程も画一的で交通機関(列車、バス)も専用車が多く服装も(色合いも)皆さん同じようで、さながら新婚さんの修学旅行と言った感じでした。

様式ホテルの利用方法等は旅行エージェントで説明されては居るのですが嬉し恥ずかしのお二人には聞こえてなかったのでしょう。

・・・異文化との初体験・・・

も今となっては懐かしく思い出される、諸先輩も少なくないと思います。


夕食が悪いと言う苦情(旅行エージェントからのお叱り)

一泊二食付きのパック料金形態が殆どでしたので、ホテルでは夕食券と朝食券をお渡ししダイニングルームでお召し上がり頂いて居りました。

ある日の新婚さんがスープだけ召し上がり席を立たれてしまったのでした

・始めてのフルコース・料理は順番に出て来るのです

*苦情内容はホテルの夕食は汁物だけで量が少なかった!

(申し訳有りません係員の説明が不足してなかったでしようか?)


バスルームの使い方

(私も浴槽と洗い場は別に有った方が良いとは思いますが)

・風呂桶が無い届けてくれ・・・(バスルームは水浸し)

・便器に両足股いでなさる・・・(使い難かったでしょうね)


掛け布団が無いのですが?(ベットルームなのに?)

日付けも変わると言う時間に恥ずかしそうな若奥さんからの電話でしたそうですあんなにきつく挟んだ布の間に身体入れて寝るなんて、

誰だって最初は考え付きませんよ!


最初の夫婦喧嘩はお土産屋さん

しかし皆さん沢山買ってましたね。

海外旅行でのブランド品買いあさりのハシリでしょうか。品物を選ぶ時の感覚の相違がその後も続いていなけりゃ良いですが。


新婚旅行中の離婚?

性格の不一致なんでしょうか他に原因が有ったのでしょうか。

当時の世間体と言う重圧を考えると余程の事があったのでしょうね。

夜半に泣きながら電話してタクシーで東京方面に行っちゃいました。

・翌日のチエックアウト時の亭主の顔?言えませんよそんな事!!!

ホテルマンは社内結婚が多い99'8,17.

特に社員が少なく交際範囲も限定される地方のリゾートホテルではその傾向が強かった。(90%以上)年中無休の職場、不規則な勤務時間、男女同職場でのコミニケーションが不可欠な業務内容等が自由恋愛、出来ちゃった婚に繋がったのでしょうか?(実は私も社内結婚です)

*社内結婚の良し悪し(婚歴の長い方々、これからの方々)

都合良いこと悪いこと、色々ご意見を伺いたいですね。


浮気のアリバイ作りに加担(1970年頃伊豆のリゾートホテル)99'8,17.

50才程の紳士が「君々」とロビーの片隅に私を呼ぶのです。紳士は凄く綺麗な少女とツインルームにチエックインしたばかりの方でした

「今、家内に電話するから、私の友達に成りすまして話してくれ」とのことご主人が奥さんと何か喋った後「今・・・さんと変わるから」

受話器を渡された私一言台詞を言ってしまいました「奥さん何時もお世話になってます・・・です」

奥さん「こちらこそ何時も主人がお世話になりまして」

*アリバイ成立!!!

奥さんゴメンナサイその後ご家庭は円満に継続されていますでしょうか?

その時握らされた千円札5枚は小使い不足の私にとって有り難かったには違い有りませんでしたが・

#追記

この欄を見た家内が怒ってます。

でもーお客様のご要望にお答えするのがホテルマンの務めですから・・・

いえ私は決して真似なんかしてませんてば。。。


浮気をバラシテしまった(上記と同じころ)99'8,17.

ある日チエックアウトしたお客様の部屋から、高価な腕時計の忘れ物が見つかりました。早速丁寧に包みレジストレーションカードの住所宛てにお送りしました。

知りませんでした! 汚れを知らぬ純真な私には、奥さん以外の方とホテルに泊まり自宅の住所をきちんと書くなんて、・・・後の祭(この字で良いんでしょうか?)

奥さん

「主人はお宅のホテルへ泊まったんですね? 相手は何と言う人ですか?」

旦那

「俺はおたくのホテルなんかにゃ泊まってねーぞ家内に何かの間違いだったと説明しろ!」

旦那のお母さん

「あなたのお陰でうちの家庭は大変な事になってます、よおーく考えてそんな事なかったと返事してちょうだい」

>ざけんじゃねいよ!ったく! なんとかのらりくらり電話は終わりましたが以後忘れ物は送らない事にしました。

電話の後どうなった? 全く連絡ありませんでした。

きっと犬にでも食われっちまったんでしょう。皆さん忘れ物に注意しましょう!!


コバルトブルーの海を見下ろす高級リゾートホテルに起きた

暗い事件3題


大晦日の心中未遂事件(昭和五十年頃)99'11,28.

当時の温泉地は年末年始と言えば書き入れ時でホテルの従業員は正月明け迄(十日間位)は休む事も成りませんでした。

同級生達がお正月休暇で楽しく遊んで居る最中なのに、何でこんな仕事選んでしまったのかと若いホテルマン程悲しい気持ちになったものです。

事件はそんな連日満室の大晦日に起きてしまったのです。

お昼過ぎチエックアウトコールをした電話に一旦出た後、受話器外しになったままの宿泊客の居る事が報告されました。

フロントのキーボックスにルームキーは無く、受話器越しに人の気配が感じられるのにいくらノックしても応答がありません。

相談の結果は、早くカッターでドア−チエ−ンを切る事に決まり即実行しました。

ベッドの上には浴衣を着て帯びをしっかり2人の腕に結んだ若いカップルが居りました。

朦朧とした意識の状態ですが抱えると立つ事も出来る程度でした。

薬を飲んで心中を図った事は明白でした。

同僚と2人で急いで下田市内の病院にお連れしました。

早速お医者さんが必要な処置をされ時間が経てば回復されると言う事でした。

お二人にどのような事情が有っての事か分りませんが、(未だ若いのだから・・・)そんな事を考えながら、やっと開放され家に帰り年越しソバでも食べるかな−と思って居る矢先でした。

「ホテルの方二人の傍で見張ってて呉れなきゃ困る!」とお医者さんが言うのです。

何と意識が戻り掛かった女性の方が色んな処置(管)を取り払ってしまうのでした。そりゃそうです、大晦日の事です看護婦さんも付きっきりになれないはずです。

何処からか紅白歌合戦の流行り歌が流れて居ます。元々歌は好きな方ですがこの時は恨めしく聞こえたものでした。

確か21時頃連絡してあった両人の家族が見え気まずい雰囲気の中簡単に経過を説明して病院を後にし、何とか自宅でその年を越す事が出来ました。

家族の方のやりとり、又その後の二人がどうなったのか当方は一切感知致しません。


赤ちゃん産み落とし持ち去り事件(昭和四十年後半)99'11,28.

この件細部までの記憶が有りませんので簡単な事実のみお話します。

洋式リゾートホテルですがやはり和室を希望されるお客様も多く37年開業時70室中8室が和室、昭和47年新館増築部分48室中で和室8室、を保有して居りました。

有る日関西(確か神戸)の警察から電話でお客様の宿泊確認が有りました。かなり日数が経過してからの問い合わせでしたが間違い無く確認されました。

翌日わざわざ関西より宿泊した部屋の確認に来られました。そこでどのような事か伺いましたらホテル側では全く知らなかった事実を聞く事になりました。

その女性は彼と一緒に宿泊しホテルの部屋で出産しそのまま連れ帰ったと言う事でした。

私は伺いました

「関西の警察と言うと私達は直ぐ暴力団関連の事件等を連想してしまいますが?」

警察の方

「いやこの女性の連れはXX組みの奴や!」

事件がどうして大きくなったのか忘れてしまいましたがその頃のワイドショーでかなり報じられて居たものでした。

その日のリネン類は大丈夫だったんでしょうかねー

いずれにしてもホテルは何にも知らない出来事でした。


死体は重かった(昭和五十年頃)99'11,28.

海の眺望が素晴らしい洋式リゾートホテルでしたが、伊豆下田と言えば温泉が売り物です、従って余り大きくないんですが大浴場が有ります。

蓮台寺から引き湯して居り宿泊客には入湯税が課せられます。

今年の二月改装された見晴らしの良い浴場でゆったり手足を伸ばし、この上ない気持ち良さを味わって来ました。

さて!

その時フロントクラークとしてNCR42号機にてチエックアウト業務の最中でした。お風呂の清掃担当のおばさんが「・・・」何か言ってるのですが意味が分りません

「アワワー・・・」手が階下の浴場を指してます。もう一人居た後輩フロントクラークと走りました!

大きな浴槽の真中の水中に目を明けたまま人が浮いて居たのです。

足を漸く握る事が出来たので浴槽の淵まで引き寄せました。水面まで来た身体を2人で引き上げに掛かりました。臆病な後輩は身体に触れると手を引っ込めてしまいます。

「腰入れて力出せ!」カッコイイ私でした。

それ程大きい身体の男性では有りませんでしたが”重かったです”みやく拍は無かったようでしたが直ぐ近くのお医者さんに連絡し死亡の確認がされ検死も済みました。酔って溺死と言う事でした。

千葉県の親族に連絡後ご子息が2人車で掛け付けました。

自分の車で連れて帰ると言い張るご子息でしたが・・・

霊柩車を仕立てお帰り頂きました。

不幸な出来事でしたが、最初に見たあの時のお顔は満足そうに見えました、決して苦痛に歪んだお顔では有りませんでした。

余談ですが、あの時以後私は腰痛が持病となってます・・・


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